3月14日 竣工

中村活字を工事前から知っている人は以前の店舗がどのようであったか思い出せず、工事後に初めて訪れた人は最近新装したと気づかないそうです。

3月13日 引越し

エアコンや照明器具等の電気工事、床の塗装工事が相次いで行われます。 車庫からカウンターや備品が戻され、窓も修理しました。 これが取り付けられると、要らないとは言われなくなりました。

家具は既存のカウンターに扉を取り付けるなど改良し、これに加えて新規のものを一つ造作しました。

3月12日 電気工事

午前中は活字のケースを外に出して埃を払い、掃除をします。
午後になると電気工事が行われました。

3月11日 床補修

今日は掃除をしました。 柱や梁の埃を払い油で拭きあげた他、傷んだ床の部分補修。

3月10日 壁 塗装工事

壁下地がすべて貼り終わると、直ちに塗装の下地処理が始まり、夕方には塗装工事が行われました。

3月9日 内装工事 電気工事

とても寒い日です。
壁と床下地の工事が済んだので、これまで移動してあった活字棚を元の位置に戻します。 棚からケースをすべて取り出さないと重くて移動できません。

3月8日 床下地 壁撤去

既存の木製窓
窓の障子が動くか試しました。 障子を外すのに苦労しましたが、窓枠の歪みを調整して障子を付けると滑るように開閉したのです。 柱との建てつけも狂いが少なかったので、修理をすれば使用できるだろうと思いました。

鋳造された活字の検査
創業時は中村活版製造所として活字の鋳造が主な業務でした。 中村さんのお母さんは、店の前には毎日活字を買いに来る印刷店の小僧さんたちが自転車の長い列をつくって並んでいたんだよと仰っていました。

3月6日 土間コンクリート

土間コンクリート工事
土間コンクリート工事はまず土を転圧して砕石を並べ、ポリエチレンシートを敷いて土の湿気を防ぎ、その上に断熱材を載せ、ひび割れを防ぐために網状の細い鉄筋を設置します。 コンクリートを流し入れ、表面の水が引くと金コテで押さえ、これを数回繰り返して密実な仕上げとします。 明日の工事は休みになるため、充分コンクリートを養生させます。

活版工房
現場の近くにある印刷店では活版印刷の技術を体験する活版工房が開催されていました。

3月5日 壁改修

朝から晴れていて雲もない青空です。
 「ちょっとうち来ない?」
 「いきましょ、いきましょ」
 「あらま」
北側の壁は新築時の杉板を修復することにしましたが、南側の窓は中村さんからいらないと言われました。腰壁の杉板は既に撤去されていたので、同じ材料の納期について材木店に問合わせておきます。  

3月4日 盛土すき取り搬出

「電気カーペットが壊れたわ!」
床の撤去。 土間コンクリートが戦時中に防空壕設置のために一部壊されていて、束石の代わりに使用した石臼や鉛の地金が土の中に埋まっていました。

第二次世界大戦中、東京へ100回を超える空襲が行われ、大規模な空爆が3回ありました。 ここは近くに聖路加病院があったため、築地や明石町と共に難を逃れることができたと言われています。

入口部分の塩ビタイル剥がすと、化粧目地を入れた土間コンクリートとなっていました。 床下地の土間コンクリートを打ち直すため、余分な土をすき取ると、古い百円銀貨や陶器の破片などが見つかります。

3月3日 解体工事

中村活字 仮店舗
工事の始業時間から少し遅れて現場に着くと、すでに必要な家具や備品は仮店舗の車庫に移され、廃棄するものも大半が車に積みこまれていました。 この中には改修後にも使おうと考えていた木製の事務机も分解されて棄てられていました。

撤去風景
家具類の搬出を終えると、内装の解体が始まりました。 北側の壁の化粧板の下には、新築時のものと思われる巾一尺、長さ六尺の杉板が張られています。

新築時の内装壁
南側の壁の化粧板を撤去すると、引違いの窓がありました。 かつて窓の向こうは露地となっていたのですが、隣にマンションが建設されると、壁を立てて廊下にすると窓も塞がれました。 建具がすべて残っていたのは幸運だと思いました。しかし汚れがひどく、ガラスは黒ずんでいます。

既存の窓ガラスと陽光
それが午後になると、煤で曇ったガラスに陽の光が透けて見えたのです。

窓の撤去は先延ばしにして、どうすべきか数日様子を見ることにしました。

3月2日 車庫 塗装工事

作業場
仮店舗に使用する車庫は印刷機や活字の鋳造機が並ぶ作業場の隣に位置しています。 仮店舗での営業期間中は活版印刷の作業の様子を眺められるでしょう。

3月1日 着工

表通り
中村活字は明治43年に活字の製造所として京橋木挽町に創業しました。 地名は昭和23年から27年にかけて銀座との境となっていた三十間堀川が埋め立てられて地続きになると銀座東に改名されます。 その後、銀座西と共に統合され銀座となりました。

昭和通りを境にして西側と東側で町の雰囲気は大きく変わります。 商業ビルが立ち並ぶ西側と比べ、古くから職住一体の生活が残る東側。 中村活字も二階は住まいとなっていて、二階の窓には毎日洗濯物が吊るされています。

活字棚
社長の中村明久さんから2010年4月に創業100年を迎えるのを記念して店舗の改装をしたいとお話を受けました。

建物は戦前から建つ築80年の木造3階建てと、これより新しいと思われる築年数不明の木造2階建ての建物の2棟を繋いで使われています。

外装は新築時は壁に銅板が張られていましたが、その後の改修工事で鋼板に張り替えられ、建具も木製のものからアルミサッシに交換されていました。
内装は床は板張りで、孔や傷を隠すためカーペットが敷かれました。 壁一面に並ぶ鉛の活字が収められた棚の重量は相当なもので、床の一部が耐えきれずたわんでいます。 下地の土間コンクリートがない部分もあり、土の上に角材が敷き並べてありました。

壁の一部には新築時の窓があり、それを残したまま下地を組んで化粧板が貼られていました。 天井はお客が出入りする一部分に化粧ボードが貼られ、他はあらわしになっています。 電気設備は碍子配線が使用されていました。 棚を照らす蛍光灯が部屋の奥へ一直線に伸びています。

建物の現状を把握しながら、近隣周辺を散策したりして、どのようなことをすべきか考えました。

車庫
また、工事期間中は車庫を仮店舗にして営業するため、それに先立ってここから改修を始めます。 腰壁はモルタル塗り、上部は化粧板が貼られていました。 雨漏りの影響で壁が剥がれ落ちているなど、痛んだ部分を補修してます。